同一世界観
#83
人類は同じ夢を見るようになった。 ある晩は、女生徒と教師の不倫の物語であり―― ある晩は、劇作家と女優の身分を超えた恋物語―― またある晩は、不登校の少年と教育実習生の淡い初恋―― 三種類の夢を、人類は繰り返し見るようになった。 何故、全人類が同じ夢を見つづけるのか。 これは、世界と呼ばれた一人の少女の物語。 case-1: 有島芳は45才の非常勤講師。 かつては小説家を目指していた有島だったが、 大学時代に出会った波多野秋房という先輩との筆力・人間力の差を まざまざと見せつけられ、その夢を捨てた。 今は編集者である妻の侮蔑の眼差しをうけながら、 代わり映えのない毎日を送っている。 ある日、有島の大学時代のゼミの教授が他界。 有島は告別式で、自分の勤め先の学園の生徒の姿を見つける。 その女学生・波多野凛は、大学時代の有島から筆を奪った波多野秋房の娘だった。 告別式で会ったことを機に、有島と凛は図書館で言葉を交わすようになる。 「あなたの書く文章を、私は読みたい」 凛が有島に投げかけた言葉は、かつては妻が言っていた言葉だった。 生徒への背徳的な恋心と、冷め切った夫婦関係への諦め。 その狭間で有島はもう一度筆をとり、書き始める。 case-2: ウィリアム・シェイクスピアは、盲目の父と二人で酒場を営んでいる。 ウィルには“完全記憶”という特技があった。 店に立ち、各地から集る客の話を全て覚え、 それを題材に作話し、ロンドンの劇団に密かに販売していた。 その売上げを足しにしてもなお、父を介抱をしながらの生活はギリギリ。 大した食事もさせられず、日に日に父が弱っていく中、 父は久し振りにある食べ物を口にした。 それは当時のイギリスでは最高級食材の鹿肉だった。 ウィルは父に食事をさせるため、ある貴族の庭に忍び込むが、 呆気なく捕まる。 とらわれたウィルの前に現れたのは二人の貴族、 オリヴィア・ベリーとハロルド・スペンサーだった。 家主であるスペンサーは即座にウィルを処刑しようとするが、 オリヴィアはウィルを奴隷として身請けすることを申し出る。 オリヴィアは座長を務めている自分の一座でウィルの脚本を買ったことがあり、 その才能に気付いている舞台役者だった。 時はエリザベス朝演劇全盛期。 女性が舞台に立つことは硬く禁じられていた。 だがオリヴィアは男装して密かに舞台に立っていた。 女性が座長の一座。 そんな一座に優秀な役者が居着くはずもなく、 オリヴィアの一座にははみ出し物の役者ばかりが揃っていた。 オリヴィアはウィルに、自分の一座に脚本を書き、 劇団を存続させれば命は助けると提案。 ウィルは酒場の切り盛りをしながらオリヴィア一座の 座付き作家を始める。 case-3: 飴井カンナはガレージにひきこもっている不登校児。 動かなくなったキャンピングカーを自分の部屋にしている。 その車には、亡き母との思い出が詰まっていた。 母を亡くし、カンナは学校に行く意味を見いだせなくなった。 母がいた頃、父が変わってしまう前、三人で過ごした時間―― カンナにとって、動かなくなったその車は、楽しかった過去そのものだった。 そんなある日、教育実習生の桃ノ内すももがガレージを訪れる。 「学校、おいでよっ」 その呼びかけを無視しても、すももは怯まない。 ペースを乱さないすももにカンナは苛立ちを覚え、すももを追い返す。 その夜、キャンピングカーの中で眠ったカンナは 懐かしい揺れと温もりを感じて目を覚ました。 「母さん……?」 気がつくと、カンナはすももに抱きしめられていた。 車は動いている。 状況が全く飲み込めないうちに車は停まり、運転席から誰かが降りた。 車を盗まれたことに気付いたカンナは、 窃盗犯・松風梓姫の目を盗んでアクセルを踏み込む。 無免許のカンナが運転する車はさんざん暴走した挙げ句、停車。 炎上したアジトから出てきた梓姫はカンナからハンドルを奪う。 「あたしはオマエの無免許運転にひかれかけた。もっと言えば愛車をスクラップにされた上に住まいも燃やされた」 「面倒ごとが嫌なら、あたしをしばらくかくまえ」 自称スクラップハンターの梓姫は、カンナに条件を突き付ける。 機を見るに敏なすももは、たまたま居合わせたこの好機を逃さなかった。 「じゃあわたしも!」 「カンナくんが学校に来てくれないなら、今日見たこと全部誰かに話しちゃうかも! あたし口軽いから!」 にんまりと笑うすもも。 不敵に微笑む梓姫。 カンナの静寂な日常はあっけなく崩壊した。 退路を断たれ、年上の女性二人に手綱を捕まれたカンナの新しい生活が始まる。
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